ヴィヴィアン・マイヤーのカメラを見る

近年、ドキュメンタリー映画「Finding Vivian Maier(ヴィヴィアン・マイヤーを探して)」が制作されアカデミー賞にノミネートされるなど、注目度の高いアメリカの写真家ヴィヴィアン・マイヤー(Vivian Maier 1926-2009)。その履歴や紹介文は日本語でも多くあるので、今更私がかき集めても意味が無いので割愛。

マイヤーは、中判の二眼レフカメラ・ローライフレックスを使用したスクエアのストリートスナップ作品が多いのだが、セルフポートレートも多く残した作家でもあり、セルフポートレイトだけを集めた写真集も編纂されている(右画像)。

そこに写り込んでいるカメラや公式サイトの使用していたカメラの情報を見て、彼女はかなりのカメラ好きだったのではないか?と思えてきた。

そこで、私も曲りなりにカメラ好きの一員ですので、マイヤーの使っているカメラに注目し、カメラの傾向から勝手な想像や私的な考察などを記事にしてみます。
彼女の写真的な面白さや映画が云々だとかは一切触れずに、使っていたカメラの話だけをします。もちろん、カメラに詳しくない方にも出来るだけ判り易く…なるだろうか…

なお、以下ヴィヴィアン・マイヤー公式サイトで多くの作品を見ることができますのでぜひ。

ヴィヴィアン・マイヤーの使用カメラ

公式サイトのFAQページの最初の項目に、使用カメラについて記載があるので以下に引用。

In 1952 she purchased her first Rolleiflex camera. Over the course of her career she used Rolleiflex 3.5T, Rolleiflex 3.5F, Rolleiflex 2.8C, Rolleiflex Automat and others. She later also used a Leica IIIc, an Ihagee Exakta, a Zeiss Contarex and various other SLR cameras.

Google先生の翻訳をちょっと手直しすると次のような感じ。
「1952年に彼女は最初のローライフレックスを購入しました。彼女のキャリアの過程で、ローライフレックス3.5T、同3.5F、同2.8C、同オートマット(注:後述MXモデル)などを使用していました。彼女は後にライカIIIc、イハゲー・エクサクタ、ツァイス・コンタレックスなど様々なカメラを使用していました。」

マイヤーの発表されている作品の多くが、二眼レフという形式のカメラを使用したスクエアフォーマット。今で言う「ましかく写真」。
二眼レフというのは上下に2つのレンズが付いたカメラで、上のレンズがファインダー用で下側が撮影用という形態。現在でも使用可能なフイルムが販売されており、実際に撮影に使っている愛好家や写真家も多く、クラシックな外観から人気のあるカメラのジャンルだ。
本題からはやや逸れるので、二眼レフについて更に知りたい場合は以下サイトが詳しい(というか、私のサイトですが)。

マイヤーに話を戻して、以下リンクには使用カメラの写真も掲載されており、前出以外にドイツコダック製のレチナIIc(中央前側)も。これはライカ等に比べると比較的安価なカメラだ。

グレーの縦長のカメラがローライフレックスT型(3.5T)で、余談だが写真家の川内倫子氏も愛用しているモデルだったような。奥にはW8と思われる8mmカメラも見える。なお、この記事の一番上のメイン画像は、左から2.8C、T、オートマットMXの順。
ただ、ここに写っているカメラがマイヤーの遺品そのものではない可能性もあるので、ライカの望遠レンズや黒とグレーの外装があるローライフレックスTなどは参考程度に。

フイルム現像環境の写真を見る

本題から逸れるが、使用カメラの写真と一緒になっているフイルムの現像をしていた洗面台の写真についても少々。
フイルム現像をするには複数の薬液が必要になるので、それら溶解薬品を置くにはやや狭い環境と言える。左に吊るされているフイルムは6×6判、恐らくローライフレックスで撮影されたものだろう。詳細は見えないがやや露出過多のものも多くネガのコントラストが高い印象。

そして、作業場所のすぐ横に現像後のフイルムを吊るして乾燥させるというのは、ホコリが付くなどのデメリットが大きく普通はやらない方法だ。この辺にも、撮るという行為自体が優先で撮影後の写真に執着が無かったとされる一端が垣間見えるような。

セルフポートレートや自室の写真を撮るという行為の解析は評論家の方にお任せするとしても、この現像環境の写真は床に積み上げられた新聞紙を前ボケに使ってしっかり画面を構成して撮られているのが印象的。

愛用したローライフレックスの検証

さぁ、カメラの話をしようか。

まず、写真集の表紙にもなっているモノクロのセルフポートレート。そこに使用しているローライフレックスが写り込んでおり、その筋のカメラ好きであれば容易に機種の特定ができる。右画像ではちょっと小さいので以下リンクで。

もうひとつカメラが判りやすく写っているもの。


ローライフレックス オートマットMX共にストラップがエライ捩じれてるのが気になる…のは置いといて、ヴィヴィアン・マイヤーが使用していたドイツ製の二眼レフ・ローライフレックスは、カメラのピントフードやシャッターボタン周りの特徴から、オートマットのMXというモデル(右画像・クリックで拡大表示)でほぼ確定。カメラの来歴など詳細は以下リンクに。

このカメラは1951年に発売されており、マイヤーが1952年に購入したとされるカメラは当機と見ていいだろう。
前出セルフポートレートの撮影年は1953年であり、当時非常に高価だった発売間もないローライフレックスを購入できるということから経済的には豊かだったと推測できる。世界一周旅行にも行っているようですし。

アメリカの当時価格を調べるも、すぐには出て来なかったので日本国内での価格となりますが、1954年(昭和29年)頃でローライフレックスMXは147,000円で、2.8Cは180,000円。
1954年の日本の大卒国家公務員初任給は8,700円(参照元:pdfファイル)。使用するモノクロフイルム1本が170円前後、カメラのMook本が200円といった頃に15~18万円。為替の違いがあるので一概に日本とアメリカで比較はできませんが、非常に高価であったというのは間違いありません。

複数台のローライフレックス

使用していたローライフレックスは複数台記載されているが、下世な話ですが一台売って次を買ってだったのだろうか?と思い至る。新しい機種に自身が必要と思う変更が施され、やむを得ず買い替えるというのはカメラ好きでなくともよくあること。
少々判り辛いが、1963年のセルフポートレートにも購入から10余年を経たオートマットMXが登場していた。

1963年というと高級タイプのレンズと露出計を装備した3.5Fなどの発売から4~5年を経た時期で、他モデルを入手していたかどうかは不明にしても(T型は入手済:後述)、オートマットMXはかなり長い期間愛用していたことをうかがわせる。
なお、オートマットMX以外に写真の中で特定できるローライフレックスの他モデルは少ないが、公式サイトなどで言及の無い2.8E型と思われるセルフポートレートも数点見つかった。


ローライの二眼レフを4台(以上)というのは、レンズの多少の違いなどはあっても買い替えや買い揃えなくてはいけないという類のものではない。
後にローライフレックス3.5Tと3.5Fを購入していることから、二眼レフでも露出がシビアなカラー撮影を開始してカメラ内蔵露出計が必要になったとか?とも思ったが、後年のカラーセルフポートレイトにも露出計の無いMX型が度々登場していたりする。

また、ローライには廉価版であるローライコードというモデルもあるのだが、それには見向きもしていないのも面白い。ローライコードはフレックスよりも機構面を簡略化して安価になっているが、撮影レンズはオートマットMXや3.5Tなどと同じものを採用しているのだが。

ローライフレックス2.8C4台の中でやや異質なのがローライフレックス2.8C(右画像・クリックで拡大表示)。他の3機種に比べ高級タイプの大口径のレンズを採用し、僅かな差異ではあるがスナップ向けというよりポートレート向けとも言える仕様のカメラだ。

カメラオタク視点で言うと、2.8モデルは最後まで延命したローライ二眼レフのベースとなった系列で、レンズが大きくてカッコいいのと大口径レンズでいい写真が撮れそうという錯覚をもたらしてくれるカメラだ。
2.8Cの仕様・詳細はまたもや以下専門サイトに。

マイヤーも買ったはいいけど、カメラが目立つことやシャッター操作がやや重い等々で意外と使わなかったとか?などと勝手に想像してみたり。…余計なお世話ですね(笑
ただ、2.8C型が写り込んだ写真は見つけられなかったっため、公式サイトの記載が2.8Cと2.8Eの混同の可能性もわずかに残る。

ベタ焼きからローライT型を特定する

誰得情報ですが、フイルムカメラの一部には撮影のワクに特徴があり、撮影済みのフイルムを見ればカメラが何であったか特定可能なものがあります。
代表的なものはハッセルブラッドというスエーデン製のカメラで、フイルムの横に2か所山型の切り欠きが写り込むので特定が容易です。

ローライの場合ハッセルのような意図的なマークは存在しないのですが、私が撮影した各モデルのネガを見たところローライフレックスT型のみアパチュアの四隅がやや飛び出したような形になるという特徴があった(以下画像・クリックで拡大表示)。

ローライフレックスTのフィルムアパチュア

これはWEB上の複数の画像を検証したところ、T型にも各種モデルがあり、全てではないが一定数同じような特徴があることを確認済。そこから、以下にベタ焼きが掲載されている1959年のエジプト旅行のカメラはローライフレックスTである可能性が高いと推測できる。

リンク先のベタ焼きでは、インド旅行やシカゴでの撮影に同じ特徴が見える。3.5F型が未検証なのでT型で断定とまではいきませんが。

二眼レフ以外の35mmカメラ

英語版wikipedia Vivian Maierによると、マイヤーは1970年代後半から中判のローライフレックスから35mmカメラに移行したとある。
これは作家個人に限ったことではなく、1960年代にはフイルムの性能向上などから二眼レフを含む中判カメラから35mm判へカメラの主力は移行している。

バルナックライカは2機種

ヴィヴィアン・マイヤーの使用したライカとして記載されているのは、バルナックライカのIIIc型。実はこれが非常に引っ掛かる。

カメラ好きの方には常識だが、ライカには大きく分けて初号機からの系譜であるバルナック型と、構造を一新したM型の2種類があり、1950年代半ばには使い勝手が圧倒的に向上したM型ライカが登場しているのにバルナック型という選択。
しかもこのIIIcというモデルは、戦中・戦後の混乱期に製造されたものが多く、品質的にカメラ愛好家の間での評価が最も芳しくないモデルなのだ。かと言ってバルナック型の中で特に安いわけではない。カメラ好きの勘としては、それをあえて選んだのではないか?と思える。

所有ライカはもう一台あったようで、以下のセルフポートレートでカメラが確認出来る。

ライカDIIこのカメラは、ライカDIIというバルナック型の戦前モデル。リンク先の1970年台後半のセルフポートレイトにも、恐らく当機と思われる写真が散見される。

使い勝手が良いわけではないこのモデルの特徴は、その造りの良さと質感にある。右写真のように、真鍮ベースの筐体にぬめっとしたブラックペイント、上部の文字は銀の象嵌処理とドイツマイスターの技術の塊とも言える(右画像・クリックで拡大表示)。

現代でもカメラ好きの間で愛好される戦前ライカのブラックペイント。距離合わせ用とフレーミング用の別々のファインダーを使用しなくてはいけないため、実用としては少々手間の掛かる機種。この選択はヴィヴィアン・マイヤーはカメラ好き?という可能性が非常に高まる。

ロボットというカメラ

他の写り込んだカメラを見てゆくと、珍しいカメラも見つかる。
ドイツ製のロボットというカメラは35mmフイルムでスクエア撮影ができる機種で、スプリング(ゼンマイ)の力でフイルムを自動巻き上げするというかなり特殊な構造。
マイヤーがこのカメラを持っている写真が1枚だけあり、しかも写っているのは各種モデルがあるロボットの中で、上部のスプリングが入っている円筒部分が背高な通称トールモデル、かつレンズが高級タイプのクセノンと思われる外観。これは35mm判でも正方形の写真を撮りたいという意図もあったかも知れない。

なお、左下にちらっと写っている革ケースは、前出コダック・レチナIIcのもの。レチナは、蛇腹を使用して撮影しない際は折り畳んでレンズの部分が引っ込むというクラップ(スプリング)カメラだ。

その他のカメラ

前出の所有カメラに記載されている、エクサクタ(Exakta・エキザクタなどとも)とコンタレックス(Contarex)は共に35mm判の一眼レフカメラ。

エクサクタは、ヴァレックスというモデルにビオター58mm付きという一般的によく見かけるタイプのもの。だがしかし、エクサクタというカメラ自体が左手でシャッターボタン操作と巻上げを行うという変わった仕様であり、撮影することを優先した場合に決して使い勝手の良いカメラではない。

コンタレックスは大メーカーであったツァイス・イコンの超高級機で、通称「ブルズアイ」と呼ばれる露出計を装備したモデル。レンズの絞り調節をボディ側のギアを使用して行うといったギミックがあり、工作精度や質感の高さもあいまって35mm判のカメラながら重量はローライフレックスと同等かそれ以上の重さがある。

共にメカニカルな楽しさのあるカメラであり、既に比較的安価な日本製の一眼レフが席巻していた時代に、あえてこれらを選ぶということはもうお察しであると断言できそうなセレクト。もう一度言おうか。お察しである(勝手に断言)。
なお、マイヤーの所有したとされるカメラで確認できたものは全てドイツ製。ドイツは、古今多くの名機を生み出したカメラ大国。この辺にもカメラ好きとしてのこだわりが見えるような気がするのだが。

カメラ好きの戯言

我ながらどこにニーズがあるのかといった記事ですが、まぁそんなことはイイじゃないですか。あくまで研究ではなく、カメラ好きの一員として「写真を読んで」みた次第。
ただ、写真家でもカメラの話はしない・したくないなどと言う方もあるが、カメラが無いと写真は撮れないのだから使用するカメラの話が置いて行かれるのは何ともおかしなこと。無論、カメラの話ばかりで写真を撮らないというのも何ですが、それはそれで別の趣味として許容して行けばいいのではないかと思います。


で、話は変わりますが、今回記事を作るにあたって写真の引用をどうしようかと非常に迷った。WEB上での「引用」を表わすHTMLタグがあるのでそれは必須としても、公式サイトの画像を一旦保存して当サイトにアップしていいものか、直接公式サイトの画像を参照して掲載するのか等々。
画像があった方がアイキャッチとしていいに決まっているが…

参考にリンクした某カメラサイトもカメラ店にテキストをコピーして説明文にされたり、画像の無断使用やページ丸ごとコピーなど何度となく不快なケースが発生しており、現在インターネットは無法地帯とも言える様相。
写真をやっている者としてせめて、グレーかも知れないと思う部分を自重した次第。説明のための引用ならば問題無いというのが一般的な見解だと思うが、ルール作りが追いついていないWEBの現状、何とも難しい。

今回は何だか関係無い話で幕。あ、ヴィヴィアン・マイヤーの写真の著作権・所有権も問題になってるようなので、全く関係なくはないかな(無理矢理
以下、マイヤーの写真集2冊と冒頭の映画(日本語字幕版)、セルフポートレート作品も有名なリー・フリードランダーの写真集。

写真家のセルフポートレート

いいブログを見つけたのでコンテンツの後に追記。
世界の著名な写真家のセルフポートレートをまとめたハンガリーのブログをご紹介。ヴィヴィアン・マイヤーも安定のローライフレックスMXで登場しています。

リー・フリードランダー、リチャード・アベドン、ナン・ゴールディンなどなど、一部演出・加工過多なものもあるけどほとんどが自然なポートレート。日本からは荒木経惟氏が掲載されています。流石、撮られるセルフの第一人者?
カメラが写っていないものも多いですが、それでも各種大判やローライフレックス・スタンダード、ライカにポラロイド、はたまたフランス製フォカの二段重ねやソ連製一眼レフ・ゼニットまで。やはり使っているカメラにも個性が出ますね。

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