マスコタンクと各種フィルム現像タンク

フイルム現像で現像ムラが云々という話になると、高確率で話題に上るのがマスコタンク。
処理液を流体力学から検証し、現像ムラの除去を目指した高性能の国産ステンレスタンクであり、日・米・英・旧西独で特許を取得している。既に生産は終了してしまっているが、30年ほども第一線にあったロングセラーの写真用品だ。

モノクロフイルムの自家現像がすっかり下火となった現在ですが、私も長くマスコタンクを愛用していますので、その概要と使用時の注意点や自身のちょっとした使い方の工夫、中古で入手する際の確認部分などをまとめてみます。
また、これまでに使ってきた幾つかの現像タンクについて、概要や印象なども後段に。

マスコタンクの概要とTips

正式名称は「マスコ カラータンク・プロ」。発売当初は「MSKカラータンク・プロ」であったが、後に「MaSuKo」に改称されたようだ。
型番は1352・1353・1202などがあるが、1353は135(35mmフイルム)3(本用)、1202は120(ブローニーフイルム)2(本用)という意味で、特注で1356や1204、220フイルム用のリールなども用意されていた。

マスコタンク本体と35mm・ブローニー用のリールと中軸

1353と1202のタンク本体は全く同じもので、販売時にセットになっていたリールと中軸(レギュレター)が違うだけ。右画像中央のタンク1つで、左側の35mmを3本セットと右のブローニー2本を処理可能(クリックで拡大表示)。
1353・1202より小型のタンクは、35mmとブローニーを共用できないので注意。

各種リールやレギュレーターの単体売り、水洗用スタンド、パーフェクトローダーというリールにフイルムを巻く補助用品も。

2010年秋ごろ、マスコタンクの販売を行っていた共同写真要品が倒産。銀一が販売を引き継ぐといううわさもあったのだが叶わず、それを期に生産を完了してしまったようだ。

タンクの構造と参考資料

構造上の特徴として、薬液はリール中央のパイプを通って底部から溜まり、注入・排出も迅速に行えるため(1202で10秒前後)、フイルムが薬液に触れるタイミングやトータルの時間差も少なくなる。
また、レギュレターがリール最下部のスペーサーを兼ね、薬液注入時の対流の渦による現像ムラを回避。リールのコイル(渦巻き)も幅に余裕を持たせた設計だ。

…まぁこの辺は、私の聞きかじったような文章よりも、開発者のインタビュー記事などを読んでいただいた方が理解が深まるかと。より詳しく知りたい場合は、以下書籍などを参考に。

  • フィルム現像の徹底的研究(玄光社・1980年刊)
    開発者の伊藤秀太(伊藤詩唱)氏自身の執筆で、「現像ムラへの挑戦」というテストレポートが5ページと、後段奥付け付近に増補のコラムと価格表。撹拌方法の違いによる現像ムラのサンプル写真から、マスコタンクの試作工程でのスペーサー検証など専門的な内容。印刷はやや年代並み。
  • カメラGOODSベストセレクション(日本カメラ社・2003年刊)
    開発者へのインタビュー形式で、ネーミングや開発から販売に至るまでの裏話を中心に2ページ。液の流れを視覚化したタンクの断面写真も。

恐らく、発売当時の写真工業誌などをつぶさに当たって行けば特集などもありそうですが、検索では見つけることができませんでした。日本カメラの1979年8月号にマスコタンクのトライアル記事があるとの情報がありましたが内容については不明。

各部名称と型番ごとの液量

各部の名称は既に出ている物もありますが、タンクメインの円柱部分をボディ(当ブログではタンク本体など)、黒いふたが「リッド」で上部の銀の「キャップ」、中軸を「レギュレター」と呼びます。もちろん覚えなくても大丈夫。

以下説明書からの引用(順修正)になるが、各型番での液量一覧。メーカーでは撹拌の効率から少ない方を推奨している。

  • 1351 … 475~500ml
  • 1352 … 825~850ml
  • 1201 … 650~675ml
  • 1353/1202 … 1175~1200ml
  • 1356/1204 … 2225~2250ml

マスコタンクの水量目印(メジャースポット)

そもそも、液量を測るメスシリンダーやメスカップは、安価な汎用品では目盛りに結構な誤差がある。

私は1202で1200ml(うちのメスカップ調べ)で現像をしているが、液量が多くて多少撹拌効率が落ちるよりも液が少なくてフイルムの一部が空気中に出てしまう方が怖いという考えもある。
前浴や前工程の水切り具合など、計量に拘ったところで結局はその場その場で違いが出るものです。

レギュレター上部に、液の上限目安の小さな円盤(メジャースポット・右画像)が付けられているのだが、経験的にこれがギリギリ水没しきるくらいなら撹拌効率が落ちることは無い印象。

液が多すぎると、倒立撹拌時に空気が回ってない感じがタンクを通して何となく判るので、初めて使う際はフイルム装填前に手持ちのメスカップで計測した水などでシミュレーションをしてみると、液量やタンクの重さなども把握できて本番で間違いが無いかと思います。

リールへのフイルム装填

マスコタンクのリールへのフイルム装填

LPLの35mm用リールはパーフォレーションを引っ掛ける出っ張りが、ブローニー用ではフイルムを挟むロックが付いているのだが、マスコのリールはフイルムの端をスリットにただ差し込むだけの仕様。

フイルムを差し込むだけだと結構スカスカですぐに抜けてしまう。説明書では、緩い場合は上から押して調節するように記載があるが、ちょっと押したぐらいで調整できる硬さでもない。

ブローニーは全て巻きをほどいて裏紙を外し、テープのある側から巻くように指示がある。テープの分厚みがあるので抜け辛くはなるが、狭いダークバッグ内で全て解く作業は傷や指紋のリスクも。

そこで私は、フイルムの後端1cm弱を上側に折り返し、両端を指で押さえて引きずる様な感じでスリットに差し込んでいる(上画像・クリックで拡大表示)。
多く折り返し過ぎて最後のコマに近接させないようにと、折り方が斜めにならないようにだけ注意すればダークバッグ内での作業も難しくはない。折り返し部分で変な水流が起きてムラになることも無いようですが、これは私の勝手な方法ですので試す場合は自己責任で。

なお、リールには上下があり、レギュレター下部のスペーサー、リールとリール、リッドの注入口とがかみ合わさって液注入用のセンターパイプを作る構造。フイルムを巻いた後でリッドが閉まらない時は、リールの上下とかみ合わせがしっかり入っているかの確認を。

また、パーフェクトローダーというフイルム装填補助アクセサリーも用意されていたが、マスコのリールが巻き辛いということはないので、一般的なステンレスリールで問題無くフイルムを巻けるのであれば手巻きで十分対応できると思います。

リッド(黒い蓋)について

マスコタンクの本体とリッドのかみ合わせは非常に固い。きっちりはめ込んだ場合、普通に手で引っ張ったくらいでは外れなくなるのがデフォルト。取扱説明書では、以下のように対処方法が記載されている。

リッドとボディが接する凸起部分に、ろう(スキーの赤パラフィン等)を薄く塗り、よく拭き取ってからお使い頂けば、よりスムーズに(後略

正直なところ、ろうを塗ったところでさほど変わりは無く、何度か使用しているうちに異常な固さが無くなって馴染んでくる感じ。とは言え、外すコツをつかむまでが大変でしょうから外し方も説明書から引用します。

リッドが取れ難い時は、リッド中央の注入口のわきにある凹みに指を掛けてタンクを少し持ち上げ、リッドの肩から少し下った所を、ドライバーの柄(木)のようなもので一廻り軽く叩くと、簡単にリッドを取ることが出来ます。

リッドの肩というのはカドの部分。叩くのはドライバーの柄より、プラスチックハンマーやゴムハンマーがおススメ。数百円から千円程度で入手でき、気泡取りにも使えてタンクに傷を付け辛い。
また、注入口のフチは少々鋭利ですので怪我には十分ご注意を。

ほぼ似たような方法ですが、私の外し方を一応。
リッドが外れないというのは定着まで終わった後でしょうから、慌てずタンクを水で満たします。フイルムが乾いてしまうのを防ぐのと、タンク本体が重くなる分リッドを外しやすくなります。

リッドを上から鷲掴みにするような感じでタンクを若干斜めにして持ち、タンク本体の上から1/4~1/3程度の所をゴムハンマーで繰り返し軽く叩きます。ここから外そうと思う部分を上側にして、隙間を広げるような意識で1/3周程度を集中的に。
なので、先に掲載したタンク画像の上側には薄っすゴムハンマーの色が残っています。強く叩かなくて大丈夫ですので根気よく。


あまりにリッドが外れないと少し接合面を研磨してしまおうと思うかも知れませんが、緩くなってしまうと取り返しがつきません。目の粗いやすりなどで磨くと、表面の抵抗になって余計固くなることも。
どうしてもという場合は、目の細かい研磨剤などで少し磨いては固さを見て慎重に作業することをお勧めします。…と言いながら、私も1つだけどうにもならずほんの少し磨いたことがありますが、使っているうちに馴染むものなのであまりすべきではないと思います。

なお、タンク本体とリッドの組み合わせは手調整がされているレベルのマッチングなので、複数のタンクを所有していても適当に組み合わせるのは厳禁です。
AのタンクにはAのリッドと、間違わないように使用後の乾燥時は判るように並べて置くかマーキングするなりした方が良いでしょう。

メリット・デメリットなど

マスコタンクを使えば現像ムラが全く出ないかと言えばそんなことはない。
フイルムの手現像というのは個人のスキルに依存するので、○○を使えば全て解決という魔法の杖はありません。が、一般的なタンクに比べて現像ムラが出にくいのは事実。
メリットはまさにその部分。もう一つ言えば、精度や耐久性が高いので長く使用できるということでしょうか。

デメリットは主にその大きさと重さ、現在は中古でしか入手できないという点。
タンクの直径はちょうど10cmで、薬液を満たすと相応の重さとなり、片手での液の排出などはちょっと注意した方がいい。1202や1353での水量は1200ml前後で、LPLのタンクと比べて2割ほど多く必要なため、僅かではあるが薬品のコストも増します。
ロングセラー商品なので使い込まれた中古品も多い。中古市場に数が豊富とは言い辛く、価格も安くないのが難点。

中古でのマスコタンク入手方法

既に生産が完了しているので、マスコタンクの入手は中古でということになります。オークションや暗室用品を扱っているカメラ店などで、常時というほどではないが時々は見かける。

私は1202を新品で2本購入し、後からオークションで中古を複数本買い足したが中古の状態は本当に様々。以下に確認部分などを記載しますが、マスコ特有のチェックポイントというものは特にないので、一般的なステンレスタンクでも同様で良いと思います。

目視で確認できない部分は、リールの僅かなゆがみやリッドからの液漏れ。こればっかりは使ってみないと判らない。大きなアタリ等が無ければ概ね問題無いとは思うのだが。
実物を手に取って確認できないオークションなどでは、入札前に質問したり出品者の評価を参考にする程度しか方法はありません。

主なチェックポイント

  • タンクの外観
    薬液の多少のシミは厳密に言えば汚染が出るのでしょうけど、実用上は問題無いとは思います。個人的には気分が良いものではないのでパスですが。底の角に小さな打ち傷があるくらいなら問題ないと思いますが、底部が全体に凹んでいる物にも注意。
  • リールの傷
    リールの内側両面を指でなぞって、凹みや傷による盛り上がりが無いかは要確認。用具を洗浄する際にリール同士がぶつかる環境で洗っていたのか、結構内側に傷のあるものが。これはフイルムを巻く際に引っ掛かりの原因になります。
    購入後、小型のグラインダーで傷をならすことは可能ですが、リールの硬度が高いので安いグラインダーではやすり側が負けてナカナカ削れないことも。
  • リッドの固さ
    個人的には、蓋は緩いよりも固い方がよっぽどいい。オークションなどでは、主観での回答になってしまうのを了承の上でどんな感じか事前に質問した方が良いだろう。
    手に取って確認出来る場合でも、しっかり閉じ過ぎてしまうと店頭などでは開けられなくなることが予想される。店員さんに了承を得るなりしてから確認を。

製造期間が長い為、極めて僅かな仕様違いや表面の処理が異なる場合もあるが基本的には同じもの。年代などを気にせず、状態で選んで良いと思います。

新品で買える現像タンク

現在も新品で購入出来て、かつ私が実際に使用していたタンクを2つ紹介。共に定評のある実用に十二分なのものですが、仕様や気になった点などを少々。
共に量販店などでも販売しており通販購入も容易ですが、35mmとブローニーそれぞれ何本が入るタンクなのか、リールは付属するかしないのかをよく確認してから注文を。

LPLステンレスタンク

現像タンクの定番、LPL製のステンレスタンク。同等のものにハンザ銘や、オリジナル版?とも言えるナイコール製などがある。
各種サイズが用意されており、最大のタンクでは35mmフイルムを一度に4本現像でき、使用薬液量は950ml。

以前はタンクの蓋部分もステンレス製だったのだが、現行品では軟質プラスチックに変更されている。恐らくステンレスキャップより薬品の漏れも少ないと思われるが、メーカーでは性能維持のため2年程度で上蓋とキャップの交換を推奨。

私もモノクロ現像を始めた時からLPLのタンクを愛用して現像結果に大きな不満は無かったのだが、数年使用後、倒立撹拌時に上蓋の下にリールが咬み込んでしまうという事故が発生。
蓋の底にリールが直接ぶつかる構造なので、当時ステンレス製だった蓋の下側がガタガタになりそこにリールが引っ掛かった。

現像液での処理中に、液からリールが出た状態になってしまったら目も当てられない。この問題が何度か発生したことから、どうせ買い替えるならと当時まだ新品で販売されていたマスコタンクに乗り換えた。
現行品でこの問題は出ないであろうから普通に使うには良いタンクです。念のため。

パターソン スーパーシステム4

世界的に評価されている定番現像タンクのひとつ。タンク・リール共にプラスチック製で、強度の面ではステンレスに劣るが軽量であり液温に影響を及ぼさないメリットがある。

液の注入は中軸を通して底から液が溜まるマスコタンクと同じ方式で、リールは35mmとブローニー兼用なのでコストパフォーマンスも高い。ただ、リールのサイズ変更は結構力がいるのと、バキッという壊してしまった?と思う音と手ごたえがあって心臓に悪い。馴染めば操作感は変わると思いますが。

リールへのフイルム装填も特殊で、リール片面を往復操作することで半自動巻き込みができる。一度コツをつかんでしまえば非常に便利な仕様だ。
純正ではないが、パターソンのタンクで4×5のシートフィルムを現像できるMOD54というインナーラックも販売されている。

既にマスコタンクを使用している中で入手したため仕様回数はさほど多く無かったが、液を注入した後に大きな蓋をきっちり閉めるのにちょっとてこずった印象が(出来れば早く初期撹拌に入りたい)。ただ、それも強いて言えばというレベルのものです。

ついでの余談

本題からは逸れるが、MOD54で思い出したのでちょっと余談を。既に生産完了しているが、LPL扱いだった4×5フイルム現像用コンビプランタンク45T、これはおススメできない。
実際に何度か使いましたが、空気抜きの効率が悪い為に液の注入・排出は非常に遅く、フイルムハンガーを含めコック類のパーツも破損しやすい。それでいて安くないのだから…というのが私の感想。

4×5シートフイルムの現像は先のパターソンタンク流用をはじめ、検索すれば全暗室での皿現像や輪ゴム巻きのタンク現像など色々な手法が見つかります。

良い道具と慣れた道具

最近私は、フイルム現像の際に全く別のことを考えていても、手が勝手に薬液の準備や排出をしていることが多々ある。ちょっと気持ち悪いが、それでミスをすることは皆無。
いつも無意識にやっているフイルムにクリップを付けて吊るすといった作業を、どういう手順でやっているんだろうと頭で考えながらやってみたところ、何をどのタイミングでどちらの手に持ったらいいか判らなくてちょっと愕然としたり。慣れって凄いね。ルーティーンすよ。

しかし、自分が所有しているマスコタンクがボロボロになったら中古でまた購入しようかなどと考えるものの、それなりに現像はしているけれど全くガタが来ない堅牢さ。
高ければ良いワケではないけれど、気に入った道具があると気分が高まったり長く使っている物は手に馴染んだり。

フイルム現像にマスコタンクは必要だなどと言うつもりは全く無いし提灯記事でもない。ただ、それでも欲しくなってしまったのなら、買って損の無い素晴らしい製品だということは間違いありません。

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